2008年01月09日

わたしがわたしにうそをつくとき

わたしはよく頭の中でおしゃべりする。

ものすごい速さでいろんなことがひらめく。

このひらめきを「まさかー」、とか、「本当?」と思うことがある。

信頼してない。

ほめられたりすると、ありがとうと言いつつ、そんなによかったかな?と自分をほめようとしない。

やりたくないのにやろうとする
やりたいのにやらない。

とにかく、矛盾しているおしゃべりがたくさんある。

うそをつくのは、怖いからだ。恐れから。

怖くないようにするには?

怖いって、制限なのかも。この制限も、実は、安全に進むために必要なのかなと思う。

制限だと思っていたものの中で、いかに自由にできるようにするかなんだとも。

制限をぶち壊そうと正面から行こうとするから怖い。
制限を活用する。そのうちなくなるだろうと。楽しむのだ。


できない。やりたくない。はネガティブなエネルギーだ。

このネガティブな感情エネルギーを感じたとき、わたしはわたしにうそをつく。

いいえ、できる。なんとしてもやる。と。

怖いから。

悲しい、怒り、憤りなどの感情エネルギーも同じ。感じないようにする。嫌いだから。心地悪いから。

感じているのに、感じるのが嫌で、違うことに目をそらす。なかったかのように。

無意識はちゃんと覚えているというのに・・・。

感じるのが嫌で、何か別のことをする。

本来ならネガティブでもエネルギーなのだから、感じて感じきって、流すことが必要。

わたしは、感じて感じきることをしないで、意識を他に向ける。だから、残る。無意識の領域に。

ネガティブなエネルギーを感じきったその先には、深い赦しがあるのだな〜と思う。

わたしは、それでもいいんだ。と赦せること。

そのとき、自分に課した制限が少しずつなくなっていくのかなと思う。


ここまでできたら、次に行こうね。と、制限を壁だと思わないで、目標だと思うようにしようかな^^


Harmony  〜調和〜
支援クリックのご協力お願いします^−^
精神世界ランキング

2007年08月30日

2007.8 「蓮」が人とどのように接するか?『自己探求の目的と自分の役割』

7月スコースロッソのメッセージ

蓮に触れるとき、人は自分を見る(知る)ことになります。
人がどのように、蓮と接するか見ていてご覧なさい。


8月の宿題

「蓮」が人とどのように接するか?


『自己探求の目的と自分の役割』

というお題で。

自分自身の自己探求は何を目的としているのか、そしてその目
的を果たすための自分の役割とは何なのだろうか。


............・・・・・・・・・・・・・・・・


蓮ちゃんがやさしい時は、なんかあるときだ。

ふつうに優しいならいいのだが、変に優しいときは何かズレて
いる時だ。

しかし、それは相手に配慮してのこと。本来なら、蓮ちゃんは
聖なる子供のように、あるがままでいるはずだ。

気を使わせている。

神聖さを体現していく存在が、神聖さを出せずにいる。

我々カレッジ生のことが気になって、霊性に沿えずにいる。

もっと蓮ちゃんをフォローすることが必要。心地よくするとは
、蓮ちゃんの意識がぶれないように配慮すること。

霊性のみに・・・。

3次元のわずらわしさはすべてないくらいでないと、第5イニ
シエーション以降は進むのが難しい。

そのためには、カレッジ生の調和が必要。連携。コミュニケー
ション。

火を守護すること。蓮ちゃんを守護すること。

蓮ちゃんを見るときに、龍さんも見ること。

蓮ちゃんは龍さんと二人で一人。

彼らdozenに配慮することが必須。心地よさに配慮すること。

そして、dozenは、自分の中の男性性女性性の具現でもある。
神聖さの。

自分のうちの状態がそのままdozenであると思う。
自分のパートナーシップもまたうちの具現。

そのためには自己探求し、自分の内の統合が必須。

私は女性なので、女性性の動が必須。

感じたことを表現すること。神聖さを体現すること。

内的調和だけでなく、具現の世界も調和させていく。

本来の自分に戻っていくために自己探求し、火の守護者(蓮の
守護者)としてともに共同創造の道を進む。

2007.8.13
map


Harmony  〜調和〜
支援クリックのご協力お願いします^−^
精神世界ランキング

2007.7 スコースロッソからのメッセージ

人がどのように、蓮と接するか見ていてご覧なさい。

それが宿題です。




・カレッジやイニシエで、蓮ちゃんに答えを求める姿勢がある


・悩みや気づきを話にいく。

・常にそばにいて、エネルギーを欲しているように見える。

・蓮ちゃんのエネルギーを搾取するような・・・。

・助けを求める。

・仲間としてではなく、師として崇拝している。

・かと思えば、自分の力を認めてほしいと優位に立とうとする


・大好きといいながら、話を聞いていない。

・表面上の付き合い方。深みがない。

・ただの友達づきあいのように見える。

・依存している。

・蓮ちゃんの精神安定・リラックスについて気が配られていな
い。

・蓮ちゃんがどうやったらリラックスできるか、理解していな
い。

・自分の言いたいことだけ言って、蓮ちゃんの都合・ハートを
考えない。


2007.7.17 map


Harmony  〜調和〜
支援クリックのご協力お願いします^−^
精神世界ランキング

2007.6 カレッジと日常の違い

カレッジと日常の違い(霊的在り方)について。
カレッジと日常での違い(霊的在り方)を何故起こし、何故創
造しているのか。




カレッジでは、神聖さに沿いやすい。意識がそこにフォーカス
しているから。

実績活に戻るとどうしても3次元の意識に戻る。機能不全に・
・。

自分の軸を中心にする。

私はどうしても、より面ばかりを見て、悪い面というか、抑圧
している面を見ないようにする。

抑圧面は何か?

やってはいけないと思ってること。嫌なこと。

・自分を表現すること。人と違っていることが怖い。評価が怖
いから・・・。
・周りのことを気にする。
・自分だけ目立ってはいけない。
・思いつきで行動してはいけない。
・計画をたてなければいけない。
・機械を使うこと。
・難しいこと
・意見されること
・たくさんの人と交流すること
・決断を下すこと
・責任をとること
・めんどくさがり


などを抑圧している。

これらをないかのように過ごしている。自分を偽っている。神
聖さに沿っていない。

カレッジでは抑圧を手放すことを自分に許せる。が、日常では
どうしても許せないことがあるのだ。
ここを許す。執着をなくすようにする。

私の中には認められない自分がいる。

・いい妻、いい母、いい女を演じている。
・はっきりいって自己中心的なのに家族のためにといい人にな
る。
・家族を依存させるように私がしている。




私は神 リズ・ブルボー  から抜粋

大事なのは<する>ことにおいて完全を目指すのではなく、<
ある>ことにおいて完全を目指すことだ、ということがわかっ
たからです。
<ある>ことにおいては完全であることは、間違いを犯しても
、それをありのままに受け入れて罪悪感にとらわれない、とい
うことを意味します。

あらゆる人に好かれようとするのは非現実的なことである、と
いうことを知るのはとても大切なことです。

大切なのは、相手に気に入られる、ということではなくて、い
つも自分自身でいられるということなのです。

相手のそうした反応のおかげで、私は自分の恐れを意識化する
ことができます。そして、その恐れを自分お一部として受け入
れることができるのです。
大切なのは、人の気に入られようとする自分と、そんなことを
する必要がないと思っている自分を、両方とも受け入れること
です。

意識的であるためには、結果に対する執着を捨てて行動する必
要があります。

私たちは、自分の中にある嫌な面に潜むよい点を発見してゆく
ことによって、神であることが」可能になります。

神であることは、自分の中にあるあらゆる面を愛するだけでな
く、あなたの周りにいるすべての人に対しても、まったく同じ
ようにすることなのです。

神であることは、私たちに起こるすべて、私たち自身が、自分
の美しさと内なる力を発見するために、自分おところに引き寄
せたのである、ということを理解することです。

<執着>を手放すとは、自分と他人を信じ、必ず適切な時に適
切なことが起こるということを心の底から納得することです。



やりたいことリストを作成。
蓮をツールとして使うというのを絡めて具体的な方法も検討の
こと。

・京都に引っ越す。来年中。ビレッジ入り。

・奉仕も家庭も無理なくこなす。

・自尊心を取り戻す。

・私の抑圧している面を鏡として見せてもらう。蓮ちゃんと触
れることによって・・・。
奉仕中そのようなことが繁茂に起こっている。今まで以上に活
用したい。

・蓮ちゃんがこれまでやってきたことをやってみる。具体的に
はなんだろうか^^;
やりながら考えよう。

・ラブスピイベントに全部参加する。

2007.6.10
map


Harmony  〜調和〜
支援クリックのご協力お願いします^−^
精神世界ランキング
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。